タローと私 ③

その4日後は、亡き母の81回目の誕生日でした。私は、駅で迷子になったタローに一番    最初にご飯をあげたのは、母だったと確信しています。そのあともタロー専用のどんぶりで毎日、食事を与え続けた働き者の優しい母でした・・・

そんな事を考えていたからでしょうか。夜、風呂に入っていたら、また突然『いのちの輝きを歌おう高らかに~』のフレーズが降りてきました。神仏からの楽曲は、時間が経っても消えないので、慌てずに形にしました。

タローと生きる者すべてに対する讃歌とも言うべき大きな歌です。

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